私の出逢った逸品  その1   ヤクルトの化粧品


私の出逢った逸品     ヤクルトの化粧品(ヤクルト本社)

­-数々の逸品を知る名誉教授夫人が20年以上愛用する化粧品-

 

私が、ヤクルトの化粧品と出逢ったのは約20年前。

その頃私は、大阪大学微生物病研究所 細菌感染分野研究室に秘書として勤務おり、教授が腸内細菌を研究している関係でヤクルト本社様とはお付き合いがありました。

当時お世話になっていた当時の広報部長からヤクルト化粧品をお勧めいただき、ひどい乾燥肌に悩む私の母に紹介したことから母が愛用するようになったのでした。

 

ヤクルト本社が化粧品事業に取り組み始めたのは昭和20年代。

開発のコンセプトは「お腹にいい乳酸菌は肌にもいい」だったと記憶していますが、もちろん消費者としても安心感は大きく口コミで利用者が増えていったと聞いています。

 

今ではプラスチックでおなじみのヤクルトの乳酸菌飲料の容器ですが、発売当初はガラス瓶でした。

回収された瓶を素手で洗っていた工場の方々の手が、長時間の水仕事にも関わらずスベスベなのは「乳酸菌が潤いを生み出すからではないか」「化粧品に応用してはどうか」という声が上がったことが開発のきっかけになったと聞いています。

 

オリジナルの成分名は「乳酸菌発酵エキス」。

ミルクを乳酸菌で発酵させることで得られる保湿成分です。

 

初めて私も試した時に感じたのは「なじみの良さ」でした。肌に置いた瞬間にスーッと浸透していくのですが、その感覚がなんとも「自然」。人の体に必要な乳酸菌だからこその感覚なのかもしれません。

 

年々、ヤクルト化粧品シリーズも増えていますが、母が愛用しているのは、「パラビオシリーズ」。朝晩使用する洗顔クリーム・ローション・乳液。角質が気になる時にはピールタイプパック。スペシャルケアとして夜はクリームとラインで使い、さらに肌の状態によって引き締め効果のある「ビサイクル リフトリペア エッセンス」をプラスしています。

エイジングケアシリーズ「パラビオ」

ハリ・引き締めのスペシャルケア「ビサイクル リフトリペア エッセンス」

 

中でもこのパラビオの「クリーム」は、「もう手放せない」そうで、もともとひどい乾燥肌で悩んでいた母は、洗顔時、化粧水、乳液と浸透しづらく、化粧ノリが悪いことも悩んでいましたが、このシリーズを使い始めてからはその悩みはなくなったようです。

そういえば、若い時の母の起き抜けの肌はなんだかうっすら白い粉がかかっていたような記憶があり、当時はわからなかったのですが、今になって、母は相当な乾燥肌だったのだなとわかります。

もちろん現在では、このヤクルト化粧品のおかげで、みずみずしくキメも整っていて、齢70歳を過ぎた女性の肌とは思えないほどの美肌の持ち主です。もともと、化粧品を選びに厳しいは母が、20年以上愛用しているということは、その実力を認めているからだと思います。

 

今では多くの化粧品がインターネット上で販売されており、ヤクルト化粧品もオンラインで購入が可能ですが、「ヤクルトレディが直接お届けする」という選択もできます。

“まさに人から人へ”。

また実は、ヤクルト本社全体の売上において、化粧品の利益は数パーセントだとか。ほぼ広告費をかけず、口コミやヤクルトレディの皆さんからのお話でこの化粧品のことを知る方が多いようです。

 

以前、「あまり利益がないのになぜ化粧品の販売を続けるのですか?」とヤクルトの方に聞いたことがあります。その答えは、

「ご愛用者がおられる以上、やめるわけにはいきません」

でした。

 

お腹の健康と真剣に向き合って来たからこそ生まれた化粧品。

お肌も健康になるはずです。

 

余談ですが、飲む方のヤクルトは食後に飲むものだそうですよ。

ご存じでしたか?

 

店頭には並んでいない逸品。

母は、もちろんこれから使い続けるそうです。

 

RICA

1973年生まれ。

母のお腹の中のみLAで過ごし外科医の父付き添いのもと臨月で母が日本に帰国してしまい帰国子女になり損ねる。

大阪生まれの大阪育ち、大阪在住45歳。

父は代々医師の家系で親戚もほぼ医師。母は祖母が一代で営んだパン屋の長女という変わった取り合わせの両親のもと、幼い頃からピアノ、書道、スケート、テニスなどの英才教育を受けさせられる。母の富裕層への憧れが強すぎる影響により、食器、料理、洋服あらゆるものに対し「値段の高い安いに関わらず良いもの」に触れる。

とてつもなく厳しい母の躾のもと、反発心からか医科大学大学教授という父の肩書にイメージされないようなファッションに身を包み、過ごしていたものの、その家庭環境の影響により、「もっと本物を見たい」という気持ちが高まる。

家族で通っていた高級セレクトショップにアルバイトとして初の学生アルバイトとして勤務。食器、メンズファッション、ブランドオンリーブティックなどを経験しながら「逸品」を見る機会を得る。

同時に、富裕層のお客様に対する厳しい接客スキルを仕込まれる。

その後経験を生かし電鉄系会社流通業へ接客販売、ビジネスマナーをはじめとする社内講師として転職、現在はフリーランスとして様々な業種に携わる。

 

私の出逢った逸品  その1   ヤクルトの化粧品

私が、ヤクルトの化粧品と出逢ったのは約20年前。その頃私は、大阪大学微生物病研究所 細菌感染分野研究室に秘書として勤務おり、教授が腸内細菌を研究している関係でヤクルト本社様とはお付き合いがありました。当時お世話になっていた当時の広報部長からヤクルト化粧品を
コメントなし

ピックアップ記事

  1. 福岡市・天神にある骨格分析メイクレッスンサロン「スリーグラフィティ」代表・柴田祐美子さん。大学卒業後…
  2. 毎年ホームステイをさせていただいているタイ家族の結婚式に参列!子沢山で人口&経済共に伸び続けているタ…
  3. 私が、ヤクルトの化粧品と出逢ったのは約20年前。その頃私は、大阪大学微生物病研究所 細菌感染分野研究…

Twitter

バナーエリア

Because I am a Girl 世界の女の子たちに、生きていく力を 国際NGOプラン・ジャパン

Webをもっと
貴方の身近に B&Cカンパニー
PAGE TOP