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連載小説「カフェ・コトリ」最終回


[h2vr char=”30″ size=”18″ line=”1.5″] カフェ・コトリ  第4

(前回までのあらすじ)

糸島の海辺に立つ『カフェ・コトリ』を訪れた2人の客。女店主ミキは、盲目の男性が30年前に別れた恋人、洋一だと気付き心騒ぐ。洋一の娘、瞳が席を外し、思い出の鳥『アカショウビン』の声を聞いた洋一は、ミキの名を……。

 

「ちょっと、待ってくださーい!」

 

ミキはドアを開けて叫んだ。少し坂道を降りた所にある駐車場で車に乗り込もうとしていた洋一と瞳は、ビックリした様に動きを止めた。ミキは転がるようにして坂道を駆け下り、息を切らしながら、紙袋を瞳に差し出した。

 

「あの……これ、ほんの気持ちですけど。結婚のお祝いに」

 

瞳は戸惑いながらも笑みを見せ、紙袋を受け取った。

「あ……有難うございます」

「スコーンです」

「有難うございます」

と、洋一も頭を下げる。

「いい匂い」

「お母さんへのお土産が出来たね」

「奥様は今日、ご一緒じゃないんですね? あ、すみません。立ち入った事を」

「ウチの奥さんは、僕の稼ぎが少ないから、目いっぱい働いてくれてるんですよ。看護師なんですが。本当に感謝してます」

「看護師さんですか」

 

 瞬時にミキは、洋一が目の治療中に出会った看護師と結婚したのだろう、と推測した。

 

「とっても仲がいいんですよ、ウチの両親。私もこんな家庭を持ちたいです」

「そうですか。ごめんなさい。初めてのお客様なのに、馴れ馴れしくお話して……。なんだか、初めての様な気がしないんです。私もお嬢さんの様に、結婚を約束した人がいたのを思い出しました」

 

瞳が不思議そうな顔をして尋ねる。

「その方とは結婚しなかったんですか?」

「ええ。いろんな事情が有って。相手は、私の事を恨んでいるかもしれません……私に勇気が足りなかったんです。もしも、結婚していたら、って思う事も有ったけど。人生に『もしも』は無いですもんね」

瞳は神妙な顔をしている。

「そうですね」

「結局、誰とも結婚しませんでした。今、私は一人です。もう、両親もいないし」

 

波の音が聞こえる。

 

ミキは、瞳が車のドアに手を掛けているのに気付いた。

 

「ごめんなさい! お引止めして。お気を付けて。又、いらして下さいね」

「はい。スコーン、有難うございます」

 

瞳は、洋一が後部座席に座るのを見届けると、運転席に乗り込みエンジンをかけた。後ろの窓がスルスルと下がった。ミキは少し近づく。洋一はミキのその姿が見えているように話しかけた。

 

「きっと……別れた相手も、あなたの幸せを願ってます」

「そうやろうか」

「恨んだりせんよ」

「……有難う……有難う」

 

 車が走り出した。洋一が後ろを振り向き、手を振るのを、ミキは車が見えなくなるまで立って見送った。

 

 

何分そこにそうして立っていただろう? ほんの10秒だったかもしれない。ミキは一つ深呼吸をして又坂道を上り、店に戻った。

 

まだ、店内ではアカショウビンの声が流れている。

 

たった今まで洋一が座っていた椅子。ミキはハッとして小走りに駆けよった。椅子の上に白い封筒が置かれている。何時の間に置かれたのだろう?ミキはまだ洋一の温もりが残っているその椅子に腰掛け、封筒を開けた。中の便箋を取り出す。そこには綺麗な文字が並んでいる。ミキは再び胸が高鳴っていた。

 

 

『ミキ、お久しぶりです。びっくりしたでしょう。この手紙は妻に代筆してもらいました。妻には結婚する前からあなたの事は話してありました。失明する前に結婚を約束していた人がいた、と。何故このお店の事がわかったか不思議ですか? 実は半年くらい前にテレビで糸島の特集をしていて、このお店を紹介していたんです。僕はあなたがカフェを始めた事は知らなかったけど、レポーターさんがあなたの名前を言った時ハッとして、声を聞いて確信しました。ああ、あなたはご両親がやっていたあの野菜の直売所を改装してカフェを開いたんだ、と思いました。

『カフェ・コトリ』に行ってみたい。その時以来、その思いが頭から離れなくなりました。僕らはあの時一家で糸島を離れたので、糸島へは一度も帰っていません。両親もかなり老いて足が不自由ですが、一緒に暮らしています。

糸島へ行く機会はその後もなかなか訪れませんでした。そんな時、娘の瞳が結婚する事になり、お墓参りに糸島へ行こうと言ってくれたんです。妻も一緒に行くとばかり思っていましたが、仕事が有るから、と言われました。もしかしたら、糸島へ行く事も妻が娘に言ってくれたのかもしれません。妻は察しがいい女性ですから。今も隣で笑っています。

 僕はあなたを見ることが出来ない。でもあなたは僕の事が直ぐにわかるでしょう。会ってどうなる訳でも無いけれど、僕がこうして元気でいる事を見てもらいたいと思ったのです。あなたもあれからいろんな事が有った事と思います。僕もそうです。

でも、ちゃんと生きています。

二人で行ったいろんな所、一緒に見た光景は宝物です。朝焼けの山は美しかったですね。バードウォッチングも楽しかった。目の見えない今でも、頭の中では鮮明に見る事が出来ます。あなたの笑顔も、姿も。

 

ミキ、本当に有難う。

娘にはあなたの事を話していません。

だから、この手紙を置いて帰ります。

どうぞ、お元気で。ずっとずっと、あなたの幸せを願っています。

さようなら。         洋一』

 

ミキの目から涙がこぼれ落ちた。

 

ずっと心の何処かに刺さっていた刺が抜けた。洋一は幸せな結婚をして娘を授かった。あの時、私と別れて良かったのだ、洋一は。

 

じゃあ、私は? 私は洋一と別れて幸せだった?

 

ミキは自分に問いかける。

 

洋一は恨んでいないと言った。有難うと言ってくれた。洋一の中で、私は永遠に若いまま、美しい思い出だ。そして、私にとっても洋一との恋は、今、紛れもなく美しい思い出になった。それを大切に胸にしまって、この糸島の海辺『カフェ・コトリ』で、私は強く生きて行こう。

 

そう、私は惨めなんかじゃない。

有難う、『カフェ・コトリ』に来てくれて。

私に会いに来てくれて。有難う、洋一。

そして……さようなら。

 

ミキは自分のために、一番お気に入りの小鳥の絵柄のついたカップに珈琲を注ぎ、微笑みながらそれを飲んだ。《完》  

 

カフェ・コトリから生まれたスピンオフ小説「今日。あの人に会いに」

 

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著者/SWAN14516367_1081643321932051_8572239103342503126_n(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する56歳。 

 

 

 

最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第6回

櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回

車は再び海岸線を走っていた。「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」「ああ、そうしよう」「珈琲美味しかったわね」「ああ」車内には、スコーンの香りが溢れている。洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。    良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?
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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回

突然、洋一は思い出した。そうだ、れちゃいけない。瞳が席を外している内に。洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第3回

瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」「あら!おめでとうございます」
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連載小説「今日。あの人に会いに」第2回

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第1回

ほのかに流れて来る髪の香りを感じながら、波多江洋一は後部座席に座っていた。運転しているのは娘の瞳だ。洋一は、目が見えない。網膜色素変性症と言う目の病気で30年前に失明した。カーナビが、無機質な女性の声で「この先1キロメートル目的地です」と教えてくれる。
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連載小説「カフェ・コトリ」最終回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第4回

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」
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連載小説「カフェ・コトリ」第3回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第2回

 年はおそらく20代前半。小柄な体にショートカットが良く似合っている。「可愛らしい娘さん」ミキは心の中で呟く。クルクルと良く動く瞳が愛らしい。きっと洋一は、自分が失ってしまった『瞳』を娘の名前に託したのだろう。ミキは胸がつぶれる思いがした
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“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!

そのカフェは、福岡県糸島半島の海辺にあった。 「カフェ・コトリ」。 珈琲と手作りスコーンを出す店だ。この頃はテレビや雑誌でも「糸島特集」が組まれ洒落た店が増えつつあるが、ミキが始めた頃は未だカフェは珍しかった。
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