肌トラブルに悩む切実な思いから生まれたコスメを多くの女性に 株式会社ビープロテック役員 宮下忍さん


-大学卒業後、すぐに化粧品の世界に入ったわけではなかったのですね。

そうなんです。実は私は、学生の頃からCAに憧れていて、外資系の航空会社から採用通知をいただいていたのですが、生活拠点が海外になってしまうので、大学卒業後すぐに海外で暮らすということにちょっと勇気がなくて「受かったけどどうしよう」と悩みました。両親からは、「本当にやりたければやりなさい」と言われたのですが、一歩踏み出せず内定をお断りしてしまったんです。

-せっかく合格したのに、それはもったいない! 卒業後の仕事はどうされたのですか?

当時は、売り手市場で、他に何社か受かっていたうちの不動産会社に事務職で入社しました。でも正直言って、自分じゃなくてもいい仕事で、特にやりがいを感じることもない。でも会社員として働いている限り、必ずお給料が入ってくるということに、だんだん物足りなさを感じるようになってしまって。

多分、CAへの思いは、断ち切れていなかったんですね。何かあるたびに、心のどこかで後悔を感じていました。既卒での受験にチャレンジしようかどうしようかと思いながら日々が過ぎていきました。

-人前で歌うのが好きだったり、CAを目指していらした忍さんからしたら、事務職にはやりがいを感じられなかったということでしょうか。

私には、つまらないというか、何かちょっと違うなとずっと思っていました。「会社を辞めたい」と相談していた同じ会社の先輩から、「もったいない。商社で総合職を募集しているから受けてみたら?」と背中を押され、思い切って転職しました。

総合職として商社に入社。今度は、「やりがい」の面でいかがでしたか? 

商社では、印刷機械の営業を担当しました。競争も激しい世界ですし、接待やお客様との飲み会なども結構頻繁にあってハードでしたが、やりがいのある仕事でした。結局この会社は数年勤めましたが、長男を出産したのを機に退職しました。

―せっかくやりがいのある仕事をされていたのに、残念でしたね。その後は、母業に専念されたのですか?

本当は産休を取って仕事を続けたかったのですが、当時はまだ産休を取れる環境ではなく、さらに後輩の女性も育ってきていましたから、出産後も会社に居続けるのは難しかったのです。残念ながら退職しました。子育て期間は慣れないことでいっぱいで、まるで修行のような時間でした(笑)。両親が近くに住んでいたので、話を聞いてもらったりして育児ストレスは緩和されていたのが救いでしたが。

 

人生に”if”はないと言いますが、30歳までに多くの岐路に立ってきた宮下さん。やっとずっと続けたいと思った仕事に巡り合ったにもかかわらず、産休・育休を取ってフルタイムで働ける時代ではなかったことが歯がゆいですが、この退職がきっかけで、宮下さんの活躍の場は、化粧品業界へとシフトしていきます。

 

ページ:
1

2

3 4 5

ピックアップ記事

  1. お盆休みも終わりにさしかかり、2017年の夏も残りわずかとなりました。皆さんこの夏の思い出は作られま…
  2. 「今日、19時からのセミナーよろしくお願いしますね」先日面接に行った市内の広告会社のマエダさんから留…
  3.  旅行やイベント、想い出づくりに心がワクワクする楽しい季節。そんな私もビーチヨガにビーチフラと思いっ…
PAGE TOP