結婚情報センターNOZZE代表 須野田珠美さん 第3話(終)~最愛の夫の死&新しい結婚観~


第1話では、進学塾・早稲田アカデミー創業者である須野田誠さんとの出会いから驚きの結婚生活について、第2話では、新しく会社を興すべく、全く未経験の結婚業界での修行時代エピソードと共働きご夫妻の心温まるコミュニケーション術についてお話いただきました。シリーズ最終となる3話目では、最愛のご主人との永遠のお別れ、そして深い悲しみを乗り越えて今、業界を代表するお立場から新しい結婚観を提案されています。

 

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まるで天国までも颯爽と走って行ってしまったみたいな、爽やかな去り際だったと思います。今は、天国から応援してくれているはずです。

◆最愛の夫との突然のお別れ

ー30年間、苦楽を共にされた最愛のご主人様が、54歳の若さで他界されました。差し支えなければ、お聞かせいただいてもよいでしょうか。

主人は、国体に出ていたくらいの陸上の400m走のアスリートでした。亡くなる数日前まで毎日、高田馬場にあるジムのトラックを200周走っていたほど健康そのものだったんです。早稲田アカデミー恒例の全社挙げての運動会で、54歳という年齢で陸上部出身の新卒の男性社員に全力疾走で勝ったくらい。

その運動会の2週間後、いつものように帰宅した直後に私の目の前で突然体調が悪くなり、救急車で搬送された先の病院で帰らぬ人となりました。死因は、心不全と診断されました。

夫は30年間会社経営をしましたが、60年分は働いていましたね。本当に突然いなくなりましたが、後を任せられる人材を育て、自分がいなくなっても安定していて、ますます発展していく会社にしていきました。七回忌を過ぎた今でも社員の皆さんは、命日に何台ものバスでお墓の掃除に来てくれるんです。一度に大勢が来てくれるからお線香が束になって、ご住職が困っていらっしゃるほどです(笑)。嬉しいですね。

ー須野田さんご自身は、ご主人の死をどのように受け止められたのですか?

亡くなったあとの2年間は、どうやって生きていたかわかりません。夢を見ているような毎日で、彼がフラっと戻ってくる気がしていました。でも3年目にようやく「もう帰ってこないんだ」と冷静に受け止められるようになり、「ひとりで生きていかなきゃ」って思い始めました。

実は亡くなった後に全国から、30万円、50万円と現金が入った書留が届いたんです。同封されていた手紙には、「お金がなくて大変な時に、借用書なしで社長が貸してくれたお金です」って書いてある。「彼は、どれだけの人を助けていたんだろう。私は、こんな素晴らしい人の女房だったんだ。恥ずかしくなく生きていかなきゃ」と思い、それからもっと仕事を頑張ろうと決心したんです。

その後、須野田さんは、お母様が着物好きだった影響で、着物をモチーフにした洋服製作を思いつきます。もちろん、洋服をつくる知識も技量も皆無の状態からのスタート。工場からも無碍に断られることを重ねながらもあきらめずに、2010年12月にファッションブランド「JuviJuvi(ジュビジュビ)」を発表。その半年後に、代官山店をオープンしました。何歳になっても、どんな仕事をしていても、女性として生まれてきたからには、「女性であることを楽しんでほしい」という思いで、今も新しい作品を作り続けていらっしゃいます。

最後に長きにわたって結婚業界を見てこられた須野田さんに、昨今の結婚観についてうかがいました。

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