「年齢を重ねることを楽しみ、輝く女性に」株式会社Animato代表 佐藤真理子さん


◆驚きの行動力で、次に始めたのはバッグの輸入販売

―若い頃にみっちりとマーケティング手法について学ばれたのですね。ご結婚して、退職された後は、イタリアからバッグを輸入販売していたとか。

子育てをしながら、何か仕事を始めたいと思っていたところに、イタリアでセミオーダーバッグを作ってくれる工房がある事を知りました。在庫を抱えるリスクはあるけれど、品質の高いバッグなら、日本の女性にニーズがあるのでは?と思いついたのです。でも、それまで輸入の経験はないし、イタリア語もできないけれど、とりあえずイタリアに行こうと思って、ミラノとフィレンツエのバッグ工房にファックスでアポイントをダメ元で入れてみました。すると、両者ともすぐに返事をくれたんです。数週間後、交渉に挑むべく辞書を片手にイタリアに飛びました。

―なんという行動力! しかも、既製品の買い付けではなく制作から依頼していたのですね。辞書片手での交渉からビジネスを始めるなんて、憧れます。

イタリアの工房で制作してもらったバッグは、都内のセレクトショップなどに営業して商品サンプルを置いてもらいました。営業ももちろん1人でやりましたが、アポイントメントをドタキャンされたり、居留守を使われたこともありました。バッグのインポート業というと、おしゃれな感じがするかもしれませんが、輸入した商品の検品、発送のための梱包作業、発送業務と地味で神経を使う内容が多いんです。革の匂いで体調が悪くなった時もありました。

―そのビジネスは、順調に続いたのですか?

バッグは多くの女性たちに好評だったのですが、輸入販売を始めて数年経った時に両親が癌になり、2人同時期に手術をすることになりました。まだ、小さい子供を抱え、両親の看病、バッグの仕事ととても大変でした。自分のペースで仕事ができるのが、唯一の救いでしたが。

母が57歳で他界。その後も、しばらくイタリアのバッグとファッション輸入は続けていましたが、父の癌の再発と2002年にイタリアのリラがユーロに変わる時に、皮の原価が上がってしまい、ビジネスの継続が難しくなってしまったので、残念ながら終焉を迎えました。

子育てをしながら、両親の看病、そして仕事。どれも手を抜けないものばかりでした。この時の経験から、置かれている環境によって思うように働けない女性たちの支援ができないかなとずっと考えてきました。

―人気の飲食店のプロデュースも手掛けられたと聞いて、驚きました。

2009年に、大手酒造メーカーから任された飲食店厨房委託業務の経験を生かして、吉祥寺の“吉祥寺 BAL BOCCA”の立ち上げから店舗運営を担当しました。2年ほど経った頃には、店舗運営の安定が見込めるようになったので、オーナー自主運営に切り替えましたが、現在も吉祥寺で人気のお店です。

この時の店舗運営は、先にお話した芝浦開発プロジェクトや大手酒造会社との業務を経験したことが非常に役立ちました。この店舗を施工してくれた株式会社山翠舎さんとは、現在もパートナーシップを保っていて、「また一緒に店舗プロデュースをしましょう」とお話することもあります。店舗プロデュースを成功させるには人脈が命。これまでの仕事で築いてきた繋がりの大切さを強く感じます。

―バッグの輸入、飲食店のプロデュース。次は何をされたのですか? 

その後、美容家さんなどのプロデュースや化粧品の企画開発に携わりました。これは、かつてのプランナーとしての思考の仕方、商品ネーミング、パッケージデザインの経験が非常に役に立ちました。商品開発をするにあたっては、若い時に身に着けたKT法(問題が生じたときに、問題を整理し、問題の大小や重要度を見極めて対処する問題解決プロセス)が今も役立っています。

 

皆さんから見ると、私がやってきたこと、やっていることは、一貫性がないように感じるかもしれませんが、私の中では、「女性を支援したい」という思いが、ずっと流れているんです。

 

 

20代で身に付けたマーケティングスキル、厳しい上司の元での修行やさまざまな業種の方々と共に仕事をした経験は、真理子さんの人生の扉を次々に開いていきます。会社設立10年という人生の節目を迎える今年、次の扉の向こうには一体どんな世界が広がっているのでしょう。

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