女性はもっと自由で輝く存在であるべき! イメージコンサルタント Venus Aura 代表 田中貴子さん


 

2010年4月にサロンをオープンして以来わずか4年で、毎月受付開始とともに全ての診断予約の枠が埋まってしまうイメージコンサルタントの田中貴子さん。地方からわざわざカラー診断を受けにくる方がいたり、それまで勤めていた会社を辞めて田中さんの養成コースに入る方もいるほどの人気ぶりです。

また、桂由美さんや君島十和子さんをはじめ27名の「なぜか愛される女性起業家の一人」として書籍への収録、海外でのセミナー開催に加え、ミスユニバース・インターナショナルディレクターだったイネス・リグロンさんが主宰する2015年開校予定「World Class Beauty Academy」での講師として迎えられるなど快進撃が続く田中貴子さんの“分かれ道”をご紹介します。

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コンサルティング、養成レッスンが行われる恵比寿のサロンは、自然光たっぷりの素敵な空間

◆イメージコンサルタントという仕事

ー最近、イメージコンサルタントと呼ばれる職業の方が増えているようですが、一体、どのようなお仕事なのか教えてください。

お客様のカウンセリング後、その方に似合うパーソナルカラーを診断し、その似合う色をベースに似合う洋服やメイクのアドバイスをしたり、その方特有の骨格に適した洋服の素材やデザイン、ヘアスタイルなどをコンサルティングすることによって、その方の魅力を引き出す仕事です。外見と内面は表裏一体。外見からアプローチし、内面も変えていきます。さらにお洋服購入の場に同行して、似合う色はもちろん予算や目的にあった洋服を提案する同行ショッピングも行っています。また、プロのイメージコンサルタントを養成するクラスも開講しています。

 

―どのような方がコンサルティングを受けにいらっしゃるのですか?

30代後半~40代のキャリア系の女性がメインです。似合う色や骨格を知ってメイクやファッションを楽しみたい方をはじめ、役職が上がり、職場での立場にふさわしい装いがしたい方、ブランディングの1つとしてご自分を演出したい自営業やフリーランスの方などですが、最近では本気で婚活を考えている方も増えています。

 

◆今でも鮮明な、幼い頃の褒められた記憶

ー今や、あちこちからオファーの絶えない田中さんですが、そもそも「色」との出会いはいつ頃だったのですか?

幼稚園の頃から塗り絵や色紙が大好きでした。例えば幼稚園の頃は、みんながピンクや黄色など可愛い色から先に使うのが普通ですが、私は可愛い色はもちろん、そうでない渋い色も他の色との組み合わせを楽しんでいるような子でした。その作品を先生が「上手ね」と褒めてくれたり、服飾デザイナーをやっていた人から「貴子ちゃんは、センスがいいから、デザイナーになればいいのに」と褒めてもらったことを覚えています。褒めてもらえると嬉しくて、“好き”という気持ちがどんどん強くなっていたと思います。

ただ美術が得意だった母は、幼い私の洋服の色にも厳しかった(笑)。好きな洋服を選んで着ても、「その靴下、変だから履き替えていらっしゃい」「配色が悪い」などと言われて、OKが出るまで履き替えたり。今思うと、小さい頃から“色”を意識する環境で育ったかもしれませんね。

 

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「人との出会いは、財産。素敵な方との出会いは確実に私を高めてくれます」と田中さん。

◆雑誌で知った「カラーアナリスト」の存在

ーそれは厳しい!(笑)。まさに英才教育ですね。「色」を仕事として意識したのは何歳くらいの時ですか?

短大生の時です。当時は、洋服関係の仕事に就きたいと漠然と思ってはいたのですが、進学したのは国文科でした。ところがある日、愛読していた雑誌『JJ』で“カラーアナリスト”という職業を目にした時にビビッときました。当時の第一人者によるコーディネートやメイクなど誌上レッスンのページを見て、「なりたい!」と思ったんです。

すぐにどうやったらなれるのかを調べたところ、専門の学校で学ぶ必要があることがわかりました。でもまだ学生でしたから、学費が当時100万円。親にはさすがに甘えられないので、OLとして働きながら通う決心をし、週に1度、アフター5に通ってディプロマを取得したのが25歳。結婚する直前のことでした。

 

◆ディプロマ取得後、自宅で始めたサロン。ところが…

ーそれはすごい行動力ですね。結婚後、すぐに自宅でサロンを始めたそうですが、すぐに軌道に乗りましたか?

いえ、当時はネットもなくて集客が大変だったのですが、それよりも大きな問題が。50歳くらいの方が来てくださったことがあったのですが、当時私は25歳。年齢を重ねた方の悩みがわからないという問題に直面したのです。たるみが出てきた目元へのアイメークや体型にあう装いなどもわからなくて。それまで想像していなかった“壁”にぶち当たったように感じました。「私には足りないことがある」と気付いたのです。その足りないと感じたものの1つとして「接客」について学ぶことを決心。接客作法を身につけるために都内のハイブランドを扱う宝飾店に勤め始めたのが27歳。1年間学んだ後、退職し29歳で妊娠、30歳で出産。その後は、専業主婦となりました。

 

しかし、子育て中心の生活を送る貴子さんへのご主人のある一言が、その後の貴子さんの運命を大きく動かします。

 

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