「自分の人生を自由に描きましょう」メイクアップアーティスト 柴田祐美子さん 前編


福岡市・天神にある骨格分析メイクレッスンサロン「スリーグラフィティ」代表・柴田祐美子さん。大学卒業後、広告代理店に勤務。その後、プロのメイクアップアーティストになるべく銀座でメイクを学び、実地経験を重ねて29歳で独立。現在、福岡はもちろん、遠方各地から足を運ぶ人も多い人気メイクアップアーティストです。

「小さい頃の夢は、アイドル。憧れは、globeのkeikoさんでした」。そう聞いて、誰もが納得する愛らしい印象からは想像もつかないほど、祐美子さんが過ごした大学時代、そして卒業後の数年間は、なかなか壮絶。現在の祐美子さんを形作ったともいえる濃縮された20代のエピソードからご紹介しましょう。

◆自暴自棄のスパイラルから抜け出せなくなってしまった大学時代

-メイクに興味を持ったのは、大学時代だったそうですね。

メイクに行きつくまでには、相当な紆余曲折があります(笑)。実は、入学した大学がもともと希望していたところではなかったので、入学したのはいいけれど、全てにおいてモチベーションを保つことができず、学校を休みがちになってしまって。そのうちに暴飲暴食を繰り返すようになりました。

-意外なお話から始まりましたね(笑)。暴飲暴食とは、どれくらいの量を食べていたんですか?

コンビニで買ってきたデラックス幕の内弁当とポテトチップス、ブロックチョコ、アイスをコーラと一緒に1度に食べていました。体が小さいので、全てを平らげるには2時間ほどかかるのですが、食べている途中で気持ち悪くなってくるんです。でも、気持ち悪いのを我慢して全部食べたあとに、さっき買ったコンビニとは違う店で全く同じものを買ってきて食べていました。夜更かし、過食と不健康そのものの生活を送っていました。

-それは、祐美子さんご自身がお辛かったでしょう。

そのような状態でも普通に生活はしていたので、我ながら精神状態をよく保っていたなと思います。もちろん、そんな生活を続けていたら、体重は確実に増えます。変わってしまった自分が嫌になるし、嫌だと思う気持ちがまたストレスになってしまうという悪循環に陥っていました。そこからどうやったら抜け出せるのか自分でもわからなくて、苦しんでいたんです。

 

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