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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回


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2016年10月から2カ月間、5回にわたって連載された「カフェ・コトリ」のスピンオフ小説。「カフェ・コトリ」「今日。あの人に会いに」どちらからでもお読みいただけます。

 

 (前回までのあらすじ)

糸島の海辺の『カフェ・コトリ』に、盲目の波多江洋一は、娘の瞳と共にいた。店主のミキは30年前の洋一の恋人。それを瞳に隠し、洋一は昔に思いを馳せていた。瞳が席を立ち、店内は二人だけになった。


今日。あの人に会いに  第4回

突然、洋一は思い出した。

そうだ、忘れちゃいけない。瞳が席を外している内に。

洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。大体ミキが自分を洋一だと気付いているかもわからないのに、変な事は出来ない。瞳がそうこうするうちに戻って来るだろうし。洋一は、手紙をもう一度内ポケットに戻した。これを、瞳にもミキにも見つからない様に置いて帰らなくては。

 

静かだ。

 

静かで心地良い。まるで時が止まっているようだ。

 

いや、30年前に戻ったのか。

 

突然、鳥の声が聞こえた。

 

「ああ……」

 

「アカショウビン」の声だ。何故?

そうか、これは本物では無い。ミキがCDをかけたのだ。洋一は理解した。

『私はあなたが誰だかわかっています』

と言うミキからのメッセージだ。

そして同時に『私は此処にいます』と。

 

 

洋一とミキは中学の同級生だったが、その当時はお互いを意識することは無かった。成人式で久しぶりに再会しミキの振り袖姿を見た時にも、洋一は中学生の当時の面影を思い出せなかった。ただ、笑顔が可愛いと思った。

式後の同窓会で、お互い自然が好きで、山歩きやバードウォッチングの趣味が共通する事で盛り上がった。

 

洋一が、今度の日曜日、和白海岸に鳥を見に行かないか、とミキを誘ったのはそれから2週間程後の事だった。ミキは特大のおにぎりと、溢れんばかりにおかずを詰めた弁当を持って来て、洋一は呆れて笑ったものだ。

ミキも笑った。歯に海苔が付いた、とたわいの無い事で涙を流して笑った。雪混じりの冷たい風が吹く真冬の日だったが、洋一の心は温かく満たされた。又、会いたい、と思った。

次の休日にも二人は会い、洋一は交際を申し込んだ。ミキははにかんで微笑み、頷いた。

二人が付き合って1年半ほど経った頃、二人で天拝山に出かけた。アカショウビンの美しい声は聞くことが出来た。しかし、洋一は不安にさいなまれていた。目がおかしい、とはっきり自覚したからだ。夜が暗い、暗すぎる。ミキは夜が明けて来た、と言うのに、自分はわからない。怖かった。何が自分の目に起きているのか。以前から、おかしい、と思う事があったが、睡眠不足で疲れているのかと思っていた。ミキにも両親にも、心配を掛けたくない一心だった。

 

翌日直ぐに病院に行った。診断結果は恐ろしいものだった。

 

 

洋一は、ミキが近づいて来るのを感じた。

 

「昔、付き合ってた人と一緒に良く山にバードウォッチングに行きました。アカショウビンは私達の憧れの鳥で……朝の挨拶の声を聞きたくて夜中から出発したんです。

やっとこの声を聞けた時、とっても感激しました。二人で喜び合った……思い出します」

 

洋一は体が熱くなった。そう、そうだったね。

大切な二人の思い出だ。

楽しかった。これから二人の未来は真っ直ぐに開けていると思っていた……

 

洋一はカップに少しだけ残っていた珈琲を飲み干した。何か言わなくては。

 

「私もです。私も良く山に登って鳥の声を聞いたり、珍しい植物を探したり……若い頃は……目の見えていた頃は……ミキは、今も行くと?」

「えっ?」

 

言った瞬間、「あっ」と思った。

その名を言わないつもりだったのに。

 

その時、瞳の足音が聞こえた。

「お待たせ。行こう、おとうさん」

「ああ」

 

洋一は立ち上がりざまに、

「どう?空は明るくなったか」と言いながら素早く手紙を椅子の上に置いた。

「うん……もう、降って無いわよ」

どうか、手紙が置いてあることに瞳が気付かないように、と願いながら、ゆっくりと杖をついて歩く。

「ご馳走様でした」

と瞳が言う。

ミキはどんな顏をしているんだろう。微笑んでいるのか。淋しい顔なのか。

どうか、手紙は自分が去ってから、読んでくれ。

洋一は心の中で、

「ミキ、さようなら」

と呟いた。

 

「有難うございました」

 

ドアが閉まった。

これでいい。ミキに会えて、満足だ。元気そうな声だった。

 

洋一は瞳に導かれ、駐車場までの短い坂道を下った。車に乗り込もうとしたその時、声が聞こえた。

「ちょっと、待ってくださ―い」

ミキの声だ。走って来る。

洋一は、ミキが手紙に気付き、忘れ物と思い持って来たのだ、と思った。

 

「あの……これ、ほんの気持ちですけど、 結婚のお祝いに」

 

ホッとした。違った……

 

瞳が紙袋を受け取っているようだ。

「あ……有難うございます」

「スコーンです」

「有難うございます」

洋一も頭を下げる。

「いい匂い」

「おかあさんへのお土産が出来たね」

「奥様は今日、ご一緒じゃないんですね?

 あ、すみません。立ち入った事を」

「ウチの奥さんは、僕の稼ぎが少ないから、 目いっぱい働いてくれてるんですよ。看護師なんですが。本当に感謝してます」

「看護師さんですか」

瞳が口を挟む。

「とっても仲がいいんですよ。ウチの両親。私もこんな家庭を持ちたいです」

 

また、聞かれてもいないのに……瞳は。

洋一は苦笑する。

 

「そうですか。ごめんなさい。初めてのお客様なのに、馴れ馴れしくお話して……。なんだか、初めての様な気がしないんです。私もお嬢さんの様に、結婚を約束した人が居たのを思い出しました」

「その方とは結婚しなかったんですか?」

「ええ。いろんな事情が有って。相手は、私の事を恨んでいるかもしれません……私に勇気が足りなかったんです。もしも、結婚していたら、って思う事も有ったけど。

 人生に『もしも』は無いですもんね」

 

違う。ミキに勇気が足りなかったなんて、そんな事は無い。恨んだりしていない。しょうがなかったんだ……君に重荷を負わせる結婚なんて到底出来なかった。

 

「結局、誰とも結婚しませんでした。今、私は一人です。もう、両親もいないし」

 

ミキにもあの後、いろんな事が有ったのだろう。ずっと独身だったのか。ミキは今、幸せでは無いんだろうか?

 

「ごめんなさい!お引止めして。お気を付けて。又、いらして下さいね」

「はい。スコーン、有難うございます」

 

洋一は、ドアを開け後部座席に座った。エンジンがかかった。洋一は、自分側のパワーウィンドウのスイッチを押して窓を下げた。

最後に、一言だけミキに言いたかった。

 

「きっと……別れた相手も、あなたの幸せを願ってます」

「そうやろうか」

「恨んだりせんよ」

「……有難う……」

 

車が走り出した。洋一は、後ろを振り向き手を振った。(続く)

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アカショウビン画像 http://www.yunphoto.net 

著者/SWAN

14516367_1081643321932051_8572239103342503126_n(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する57歳。 45回創作ラジオドラマ大賞コンクールでベスト8入り。

 

 

 

 

最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第6回

櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回

車は再び海岸線を走っていた。「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」「ああ、そうしよう」「珈琲美味しかったわね」「ああ」車内には、スコーンの香りが溢れている。洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。    良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?
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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回

突然、洋一は思い出した。そうだ、れちゃいけない。瞳が席を外している内に。洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第3回

瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」「あら!おめでとうございます」
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連載小説「今日。あの人に会いに」第2回

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第1回

ほのかに流れて来る髪の香りを感じながら、波多江洋一は後部座席に座っていた。運転しているのは娘の瞳だ。洋一は、目が見えない。網膜色素変性症と言う目の病気で30年前に失明した。カーナビが、無機質な女性の声で「この先1キロメートル目的地です」と教えてくれる。
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連載小説「カフェ・コトリ」最終回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第4回

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」
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連載小説「カフェ・コトリ」第3回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第2回

 年はおそらく20代前半。小柄な体にショートカットが良く似合っている。「可愛らしい娘さん」ミキは心の中で呟く。クルクルと良く動く瞳が愛らしい。きっと洋一は、自分が失ってしまった『瞳』を娘の名前に託したのだろう。ミキは胸がつぶれる思いがした
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“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!

そのカフェは、福岡県糸島半島の海辺にあった。 「カフェ・コトリ」。 珈琲と手作りスコーンを出す店だ。この頃はテレビや雑誌でも「糸島特集」が組まれ洒落た店が増えつつあるが、ミキが始めた頃は未だカフェは珍しかった。
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