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連載小説「カフェ・コトリ」第4回


[h2vr char=”30″ size=”18″ line=”1.5″] カフェ・コトリ  第4

(前回までのあらすじ)

糸島の海辺に立つ『カフェ・コトリ』を訪れた2人の客。女店主ミキは、盲目の男性が30年前に別れた恋人、洋一だと気付き心騒ぐ。洋一の娘、瞳と話す内に洋一と別れた時の事を思い出すミキだった。

 

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。

 

「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」

 

どうしたらいい? 洋一に話しかける? 『私はミキよ』と? いや、出来ない。今更言ってどうなるの? でも、このまま又別れてしまうのは……

 

キョロキョロと辺りを見渡す。ミキは傍らのCDプレイヤーのボタンを押した。

 

店内にCDの鳥の声が流れる。

 

「ああ……」

 

洋一が喉の奥で小さな声を上げた。ミキには、洋一の頬に赤みが差した様に見えた。

 

「これは……アカショウビンの声」

「はい。良くご存知ですね」

「綺麗な声だ」

 

ミキはゆっくりと、洋一の方に歩みを進めながら言う。

 

「昔、付き合ってた人と一緒に良く山にバードウォッチングに行きました。アカショウビンは私達の憧れの鳥で……朝の挨拶の声を聞きたくて夜中から出発したんです。やっとこの声を聞けた時、とっても感激しました。二人で喜び合った……思い出します」

 

洋一は、カップに少しだけ残っていた珈琲を飲み干した。サングラスに覆われた目の表情は見えない。だが、ミキは洋一が早朝の山の光景とアカショウビンの姿を今、はっきりと見ているように感じられた。

 

「私もです。私も良く山に登って鳥の声を聞いたり、珍しい植物を探したり……若い頃は……目の見えていた頃は……ミキは、今も行くと?」

「えっ?」

 

今、何て? 私の名を呼んだ?

 

その時、瞳が小走りに戻って来た。

「お待たせ。行こう、おとうさん」

「ああ」

 

洋一は立ち上がり、その手に瞳が杖を渡す。そして二人はゆっくりと出口に向かって歩き出す。ミキの目の前を通る時、瞳は「ご馳走様でした」と言って、軽く頭を下げた。

洋一は何も言わない。

 

「有難うございました」

 

自分の声が何処か遠くで聞こえる。

 

二人は店を出て行った。

 

あの人が行ってしまう!

ミキは、素早く荒々しく紙袋にスコーンを数個詰め込むと、それを鷲掴みにして出口に向かって駆け出した。

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著者/SWAN14516367_1081643321932051_8572239103342503126_n(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する56歳。 

 

 

 

最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第6回

櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回

車は再び海岸線を走っていた。「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」「ああ、そうしよう」「珈琲美味しかったわね」「ああ」車内には、スコーンの香りが溢れている。洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。    良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?
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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回

突然、洋一は思い出した。そうだ、れちゃいけない。瞳が席を外している内に。洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第3回

瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」「あら!おめでとうございます」
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連載小説「今日。あの人に会いに」第2回

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第1回

ほのかに流れて来る髪の香りを感じながら、波多江洋一は後部座席に座っていた。運転しているのは娘の瞳だ。洋一は、目が見えない。網膜色素変性症と言う目の病気で30年前に失明した。カーナビが、無機質な女性の声で「この先1キロメートル目的地です」と教えてくれる。
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連載小説「カフェ・コトリ」最終回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第4回

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」
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連載小説「カフェ・コトリ」第3回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第2回

 年はおそらく20代前半。小柄な体にショートカットが良く似合っている。「可愛らしい娘さん」ミキは心の中で呟く。クルクルと良く動く瞳が愛らしい。きっと洋一は、自分が失ってしまった『瞳』を娘の名前に託したのだろう。ミキは胸がつぶれる思いがした
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“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!

そのカフェは、福岡県糸島半島の海辺にあった。 「カフェ・コトリ」。 珈琲と手作りスコーンを出す店だ。この頃はテレビや雑誌でも「糸島特集」が組まれ洒落た店が増えつつあるが、ミキが始めた頃は未だカフェは珍しかった。
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