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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回


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2016年10月から2カ月間、5回にわたって連載された「カフェ・コトリ」のスピンオフ小説。「カフェ・コトリ」「今日。あの人に会いに」どちらからでもお読みいただけます。

 

 (前回までのあらすじ)

盲目の波多江洋一は、30年前の恋人、ミキに会うために糸島の海辺の『カフェ・コトリ』を訪ねた。娘の瞳が席を外すと、ミキは二人の思い出の鳥の声のCDを掛け二人の心は通い合った。洋一達はカフェを後にした。


今日。あの人に会いに  第5回

 車は再び海岸線を走っていた。

 

「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」

「ああ、そうしよう」

「珈琲美味しかったわね」

「ああ」

 

車内には、スコーンの香りが溢れている。

洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。

 

 良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?

 

余計な波風。瞳は何も知らないからいい。

でも、悦子は……悦子に、旦那の昔の恋人への手紙なんか代筆させてしまって、申し訳無かった。どう考えても、やっぱりそうだ。悦子がいくらさばさばした女性だとしても。

 

 

糸島へ行く前の晩、悦子が言った。

 

「あなた、明日は」

「ん?」

「お墓の他にも寄りたい所が有るっちゃろ?」

「……」

「思い出の場所とか」

「……」

「思い出の人とか?」

「……いや、別に」

「会ったらいいやない、ミキさんに」

「えっ」

「ミキさんや無かった?」

「いや、ミキさん。……で合ってる」

「前に話してくれたやろ?結婚するつもりだ

ったけど、失明するってわかって別れたって」

「ああ。でも……」

「別れた後、あなたがどうなったか、気にしてるかもしれんよ」

「そうやろうか?」

「そうよ」

 

なんでそんな事、悦子が言うんだ?

 

「いや、もうとっくに忘れて、今さら現れても迷惑なだけやろう」

「元気にしてる、って伝えたら?」

 

 「カフェ・コトリ」に行って、ミキに会いたいと思っていた事を何故悦子は気づいたんだろう?勘がいい、としか言いようが無い。悦子には全く頭が上がらない。

自分は、唯、ミキに会いたいと言う思いだけで、別に昔話をしたい訳では無いのだが。

 

「会ってみたい気はする……実は。正直言うと」

「そうやろ?ミキさんもそうかもしれんよ」

 

ミキが自分を思い出す、なんて事あるだろうか。ちゃんと生きていると伝えたら喜んでくれるだろうか。

 

「連絡も無しでいきなり行って、元気にしてる、って、何だか唐突で、迷惑じゃなかろうか。他のお客さんもいるやろうし」

「そうやね……じゃあ、手紙を書けば」

「手紙?」

「もしもミキさんが留守だった時、誰かに渡して貰えるでしょ?あたしが代筆してあげる」

「え?手紙……」

「大丈夫、改ざんしないって」

「改ざん」

「あなたが言った通り書く」

「恥ずかしいな」

「じゃ瞳に書いてもらう?」

「駄目だ、それは」

「あたしを信用して。あたしに、じゃなくて、ミキさんに語り掛けて」

 

 悦子は紙とペンと持って来た様だ。

「はい、どうぞ」

「ええと……」

 躊躇していたが、言葉がゆっくりと、口からこぼれ出た。

 

 

『ミキ、お久しぶりです。びっくりしたでしょう。この手紙は妻に代筆してもらいました。妻には結婚する前からあなたの事は話してありました』

 

「もうちょっとゆっくり」

「ああ、ごめん」

 

『失明する前に結婚を約束していた人がいた、と。ええと……何故このお店の事がわかったか不思議ですか?実は半年くらい前にテレビで糸島の特集をしていて、このお店を紹介していたんです』

 

「ふうん、そうなのね」

「そうなんだ」

 

『僕はあなたがカフェを始めた事は知らなかったけど、レポーターさんがあなたの名前を言った時ハッとして、声を聞いて確信しました。ああ、あなたはご両親がやって

いたあの野菜の直売所を改装してカフェを開いたんだ、と思いました。「カフェ・コトリ」に行ってみたい。その時以来、その思いが頭から離れなくなりました。僕らはあの時一家で糸島を離れたので、糸島へは一度も帰っていません。両親もかなり老いて足が不自由ですが、一緒に暮らしています。

 糸島へ行く機会はその後もなかなか訪れませんでした。そんな時、娘の瞳が結婚する事になり、お墓参りに糸島へ行こうと言ってくれたんです。妻も一緒に行くとばか

り思っていましたが、仕事が有るから、と言われました。もしかしたら、糸島へ行く事も妻が娘に言ってくれたのかもしれません」

 

「ふふ」

「そうなんだろ」

「さあ?」

 

『妻は察しがいい女性ですから。今も隣で笑っています。僕はあなたを見ることが出来ない。でもあなたは僕の事が直ぐにわかるでしょう。会ってどうなる訳でも無いけれど、僕がこうして元気でいる事を見てもらいたいと思ったのです。あなたもあれからいろんな事が有った事と思います。僕もそうです。でも、ちゃんと生きています』

 

胸に熱いものが込み上げる。いつしか、悦子が前にいるのを忘れ、本当にミキに語り掛けている気がしていた。

 

『二人で行ったいろんな所、一緒に見た光景は宝物です。朝焼けの山は美しかったで素ね。バードウォッチングも楽しかった。目の見えない今でも、頭の中では鮮明に見る事が出来ます。あなたの笑顔も、姿も。ミキ、本当に有難う』

 

悦子が一つ軽く溜息をつく。

 

「ごめん、疲れた?」

「ううん、ちょっと羨ましくなった。あたし、あなたと山やら行っとらんもん。楽しい思い出がいっぱい有ったんやね、と思って」

「ああ……若かったけん。でも、本当は…… もう、忘れかけてるんだ。ミキさんの顔」

「そうなん?」

「30年も前だから」

「あたしの顔は?」

「明るくてキビキビした看護婦さんは覚えとうよ」

「ホントかな」

「顏を覚えとう、とか、たいして重要な事じゃない。悦子は今、俺と一緒にいるんだから

「……もう、手紙、終わり?」

「後少しだけ」

 

『娘にはあなたの事を話していません。だから、この手紙を置いて帰ります。どうぞ、お元気で。ずっとずっと、あなたの幸せを願っています。さようなら』

 

 

「……終わり?」

「……終わりだ。最後に『洋一』と書いてく れ」

「わかった。最初から読み上げる?」

「いや……もう、いい。それで」

「最初に『ミキ様』って書く?」

「ああ」

「清書するわ」

「すまん」

「奥さん、こんなヘタな字書くんだ、って思われたくない」

「ハハハ……」

 

 

「おとうさん、寝てるの?」

瞳の声で、ハッと気が付いた。いつの間にか、ウトウトしていた様だ。

 

「櫻井神社に着いたわよ」(続く)

 

第六回へ

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著者/SWAN

14516367_1081643321932051_8572239103342503126_n(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する57歳。 45回創作ラジオドラマ大賞コンクールでベスト8入り。

 

 

 

 

最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第6回

櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回

車は再び海岸線を走っていた。「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」「ああ、そうしよう」「珈琲美味しかったわね」「ああ」車内には、スコーンの香りが溢れている。洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。    良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?
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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回

突然、洋一は思い出した。そうだ、れちゃいけない。瞳が席を外している内に。洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第3回

瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」「あら!おめでとうございます」
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連載小説「今日。あの人に会いに」第2回

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第1回

ほのかに流れて来る髪の香りを感じながら、波多江洋一は後部座席に座っていた。運転しているのは娘の瞳だ。洋一は、目が見えない。網膜色素変性症と言う目の病気で30年前に失明した。カーナビが、無機質な女性の声で「この先1キロメートル目的地です」と教えてくれる。
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連載小説「カフェ・コトリ」最終回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第4回

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」
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連載小説「カフェ・コトリ」第3回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第2回

 年はおそらく20代前半。小柄な体にショートカットが良く似合っている。「可愛らしい娘さん」ミキは心の中で呟く。クルクルと良く動く瞳が愛らしい。きっと洋一は、自分が失ってしまった『瞳』を娘の名前に託したのだろう。ミキは胸がつぶれる思いがした
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“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!

そのカフェは、福岡県糸島半島の海辺にあった。 「カフェ・コトリ」。 珈琲と手作りスコーンを出す店だ。この頃はテレビや雑誌でも「糸島特集」が組まれ洒落た店が増えつつあるが、ミキが始めた頃は未だカフェは珍しかった。
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