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2016年10月から2カ月間、5回にわたって連載された「カフェ・コトリ」のスピンオフ小説。「カフェ・コトリ」「今日。あの人に会いに」どちらからでもお読みいただけます。
(前回までのあらすじ)
糸島の海辺の『カフェ・コトリ』に、盲目の波多江洋一は、娘の瞳と共にいた。店主のミキは30年前の洋一の恋人。それを瞳に隠し洋一は昔に思いを馳せていた。
今日。あの人に会いに 第3回
瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……
「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」
「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」
「あら!おめでとうございます」
「有難うございます。結婚したらちょっと遠くに行くので、その前に父と一緒に御先祖様に報告しよう、と言う事になって。お墓がこちらに有るんです」
「そうなんですか」
「お墓参りと、後……パワースポットでお願いしたら、少しでも父の目が見えるようにならないかと思って……」
洋一は、瞳のその優しい気持ちが嬉しかったがぶっきらぼうに答える。
「今更、無理だよ」
「でも、もしかしたら、奇跡が起こるかもしれないでしょう?」
それに対する答えは、ミキはもちろん洋一も見つからない。洋一はとうに諦めているが、瞳の気持ちを無下にする言葉は言いたくない。
会話が終わった雰囲気を察し、ミキの足音が遠ざかる。
それにしても、聞かれてもいないのに、自分の結婚の事を見ず知らずの人に話すなんて。洋一は苦笑する。瞳も嬉しいのだな。まあ、嬉しいのは当然だろう。こういう素直なところが瞳の可愛いところだ。本当にいい娘に育ってくれた。
まさか、自分が結婚出来るとは思っていなかった。ミキと別れた時は、もう一生自分は恋などしない、と誓ったのに。それを変えてくれたのは、悦子だ。悦子には本当に感謝している。プロポーズらしきものをしたのは悦子の方だった。悦子は洋一より3歳年上で、いつも洋一は悦子の朗らかさに救われていた。
「ねえ」
「え?」
悦子は洋一の手を握りながら言う。
「一緒に暮らそうか」
「一緒に?冗談やろ」
「本気。案外楽しいと思うっちゃん」
「え?……こんなつまらん男なのに」
「ううん、そんな事無い」
本気にするから、喜ばせるのは止めてくれ。
「どこが楽しいんだ?俺の」
「自分でわからんと?うーん、真面目過ぎる所が、からかいたくなる」
「苦労するよ」
「あたしね……結構、楽しいと思うんよ」
「また、楽しいか」
「うん」
「物好きだな」
「ウチはもう両親いないし、別に反対する人もおらんとよ。ねえ、今度あなたのご両親に会わせて」
結婚した当初、子どもを作る気は無かった。この病気は遺伝的な要素が高いからだ。しかし結婚して1年ほど経った頃、悦子は子どもが欲しいと言い出した。悦子は看護師だ。目の治療に通っていた大学病院で知り合った。悦子は沢山の情報を集め、二人で色々な医師に相談し助言を求めた。洋一の遺伝子検査の結果、子どもに病気が遺伝する確率はゼロでは無いが、限りなく低いだろうと言われた。
確率がゼロで無い事に躊躇する洋一だったが、悦子は前向きだった。明るい声で言った。
「大体妊娠するかどうかもわからんやろ?もし、妊娠したら、それはものすごくラッキーなんよ。神様が、私達の子どもがこの世に生まれて来ていいんだよ、って言ってるんだと思う」
神様は、生まれて来ていい、と言った。
それから僅か2ヶ月後、悦子は妊娠した。
悦子が興奮した声でそれを告げた時、洋一は気持ちがフワフワして実感がわかなかった。
本当だろうか。俺が父親になる……
暫くの間、半信半疑でいた。間もなく悦子は悪阻でだるそうにしている事が多くなった。洋一の出来る事は限られている。だから努めて優しい言葉を掛けた。悪阻はやがて治まり、お腹がだんだん大きくなってくる。そして、胎動が感じられるようになると、洋一はしょっちゅうお腹を触ったり、耳を当てたりしたものだ……
洋一は珈琲を啜った。少し冷めて、ちょうどいい。
「少し、小降りになって来た。明るくなって来たわよ、おとうさん」
「そうか」
「良かった」
瞳は伝票を掴んで立ち上がった。
「そろそろ行こうか。あ、私が奢るね。払ってくる」
瞳は歩いて行った。
「850円になります」
硬貨の音がする。
「はい、ちょうどですね。有難うございます」
「おとうさん、ちょっと待ってて。お化粧直して来るから」
「ああ、わかった」
「奥の左のドアです」
弾むような足取りが遠ざかる。
店内は、洋一とミキの二人だけになった。(続く)
[/h2vr]著者/SWAN(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する57歳。 第45回創作ラジオドラマ大賞コンクールでベスト8入り。
最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」
連載小説「今日。あの人に会いに」第6回
連載小説「今日。あの人に会いに」第5回
連載小説「今日。あの人に会いに」第4回
連載小説「今日。あの人に会いに」第3回
連載小説「今日。あの人に会いに」第2回
連載小説「今日。あの人に会いに」第1回
連載小説「カフェ・コトリ」最終回
連載小説「カフェ・コトリ」第4回
連載小説「カフェ・コトリ」第3回
連載小説「カフェ・コトリ」第2回
“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!