[h2vr char=”30″ size=”18″ line=”1.5″] カフェ・コトリ 第3回
(前回までのあらすじ)
糸島の海辺に立つ『カフェ・コトリ』を訪れた2人の客。女店主ミキは、盲目の男性が30年前に別れた恋人、洋一だと気付き心騒ぐ。雨が降り出し、ミキは洋一の娘、瞳に話し掛ける。
「あの……」
カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。
「はい?」
「ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」
「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。夕日が美しくて……櫻井神社もいい神社ですよ。厳かな気持ちになります。此処からすぐですよ」
ミキは棚から『糸島めぐり』のリーフレットを持って来て瞳に差し出した。
「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」
瞳は恥じらうような笑みを見せた。
「そういう訳じゃ無いんですけど……実は、私……結婚が決まって」
「あら!おめでとうございます」
「有難うございます。結婚したらちょっと遠くに行くので、その前に父と一緒に御先祖様に報告しよう、と言う事になって。お墓がこちらに有るんです」
「そうなんですか」
「お墓参りと、後……パワースポットでお願いしたら、少しでも父の目が見えるように
ならないかと思って……」
「今更、無理だよ」
「でも、もしかしたら、奇跡が起こるかもしれないでしょう?」
「奇跡」
どうにもならないとわかっていても、それでも人は奇跡を願うものだ。あの時、私も奇跡を願った。もしも奇跡が起こっていれば……でも……
「治る可能性は無いの?」
「無いらしい……」
「ごめんなさい。あなたが一番辛いのに」
「同情しないでくれ。哀れに思われるのが嫌なんだ」
「同情なんか。あなたの気持ちに寄り添いたいだけ」
「それが辛いって言ってるのがわからないのか」
洋一は苛立った声を出した。これ以上何か言ったら、張り詰めている糸が切れそうで必死に耐えているようだった。もう、私達は終わりなのだ。それでも、せめて最後に洋一に抱き締めてもらいたかった。手を伸ばそうとした。触れたかった。でも、指がほんの少し動いただけだった。
「……もう……会わない方がいいの?」
「……会わない方がいい」
最後の洋一の言葉は、自分自身に深く言い聞かせるようだった。
両親に言われたからでは無かった。ミキは、自分でも、目の見えなくなった洋一をずっと愛して行けるか自信が無かった。失意の洋一を励まし支える事が自分に出来るのか?そう決意したとしても、日々の生活の中で愛するどころか彼を重荷に感じ、憎んでしまうかもしれない。果たして経済的にやって行けるか?どう考えても無理そうに思えた。洋一が別れよう、と言った時、ミキは何処かホッと安心したのだ。そして、二人は別れた。その後、洋一は目の治療のため糸島を離れた。しかし、治療の甲斐無く失明した、と数年後ミキは風の噂で聞いた。
「少し、小降りになって来た。明るくなって来たわよ、おとうさん」
「そうか」
「良かった」
微笑ましい父娘の様子を見ながら、ミキは自分と別れた後の洋一に思いを巡らしていた。言葉では表せない程の苦労が有ったに違いない。でも、こんな娘を授かったのなら、洋一は良き伴侶を得たのだろう。それに引きかえ私は……
ミキは自分が惨めに感じられた。
瞳が伝票を掴んで立ち上がったので、ミキはレジに向かった。
「850円になります」
キラキラしたハートが付いた長財布から硬貨を取り出し支払うと、瞳は洋一に優しく声を掛けた。
「おとうさん、ちょっと待ってて。お化粧直して来るから」
「ああ、わかった」
「奥の左のドアです」
ミキが指し示すと、弾むような足取りで、瞳は歩いて行った。
最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」
連載小説「今日。あの人に会いに」第6回
連載小説「今日。あの人に会いに」第5回
連載小説「今日。あの人に会いに」第4回
連載小説「今日。あの人に会いに」第3回
連載小説「今日。あの人に会いに」第2回
連載小説「今日。あの人に会いに」第1回
連載小説「カフェ・コトリ」最終回
連載小説「カフェ・コトリ」第4回
連載小説「カフェ・コトリ」第3回
連載小説「カフェ・コトリ」第2回
“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!