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2016年10月から2カ月間、5回にわたって連載された「カフェ・コトリ」のスピンオフ小説。「カフェ・コトリ」「今日。あの人に会いに」どちらからでもお読みいただけます。
(前回までのあらすじ)
盲目の波多江洋一は、30年振りに糸島の『カフェ・コトリ』を訪れ、元恋人のミキに会った。しかし帰りの車中、ミキへの手紙を代筆してくれた妻の悦子に申し訳ないと思う洋一だった。
今日。あの人に会いに 第6回
櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。
車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
「こっちを行ったら近道みたいだけど?」
「ちゃんと入り口から入ろう」
「うんそうね、わかった」
洋一と瞳は少し坂を下りて、大きな鳥居の前まで来た。
瞳は案内板を読んでいる様だ。
「おとうさん、寛永六年っていつ?」
「さあ?あ、さっきカフェでもらったリーフレットが有っただろう?書いてないか?」
瞳はゴソゴソとバッグの中を探っている。
「車に置いて来ちゃった」
二人で頭を下げ、鳥居をくぐって歩いて行く。石の参道なのに、足裏からは不思議と冷たい感じが伝わって来ない。全てを受け入れてくれるような温かさだ。
「おとうさん、足元、気を付けて。石のアーチの橋なの。すごく急角度な」
「ああ、太鼓橋だな」
瞳に導かれ、ゆっくりゆっくりと確かめる様に歩を進める。若い頃来た時の光景を思い出す。
「この下は池だろう?」
「うん、金魚が泳いでる」
参道を歩く。樹の匂い。鳥の声。ああ、そうだ、鳥の声……ここに来て、良かったな。
瞳と一緒にお参りした事、きっと後々まで思い出すだろう。
「手を洗う?」
「ああ」
手水舎で瞳が柄杓を渡してくれる。
洋一は丁寧に手と口を清め、瞳から受け取ったハンカチでそれを拭った。
門をくぐり拝殿の前までやって来る。
「私が杖持ってるから、はい、おとうさん、鈴鳴らして」
「瞳がすれば」
「ううん、おとうさんがして」
綱を引く。鈴がジャラジャラと音を立てる。瞳が何かを手に握らせた。賽銭だ。
「はい」
「お、すまんな」
「軽い感じで山なりに投げれば入るから」
まるで自分が子どもで、瞳が親になったみたいだ。洋一は少し微笑みながら賽銭を投げ、 心を込めお参りした。
境内はひっそりと静かだ。
「順路が書いてあるよ。……沢山……色んな小さい神様がいるのかな」
「じゃあ、その通りお参りしよう」
今度はいつ来れるかわからない。ましてや、瞳と一緒に来るのはこれがひょっとしたら、最初で最後になるかもしれない。洋一と瞳は一つ一つの小さな社(やしろ)の名前を確認しながらお参りした。そうして全部のお参りが済んだ後、
「おみくじ引く?」
と、瞳が訊ねる。
「いや……おとうさんはいい。瞳は引いたらいい」
「いやぁ、怖い、凶が出たらどうしよう」
と言いながら、何時の間に買ったのか、もう紙を破いている音がする。
「やった!大吉だ!」
「おお、良かったなあ」
瞳は小躍りしてジャンプしている。
「鹿児島での新生活もバッチリ上手く行くな」
「そんなの当たり前じゃん」
「自信満々。えらい変わりようだな、凶が出たら怖いってビクビクしてた癖に」
「あたし、くじ運いいの忘れてた」
「こういうのもくじ運って言うのか?」
「勿論そうよ」
瞳の燥いだ声。他愛の無い会話。瞳が結婚して家を出て行ったら、こんな事も無くなるのか……。寂しいな。
その時、何か空気が変わった気がした。
荒い息。躍動する足音。動物だ。馬?
「あっ!馬が!2頭!」
「馬?」
「うん、まだ若い……黒い馬が2頭、山の方からすごい勢いで駆け下りて来た!すごい、
すごいほら、こんなに近くに。どうして? 野生?」
「野生?どうだろう?」
空気を荒々しく掻き回すように、2頭の馬の力強い蹄の音がする。そしてその音は直ぐに遠ざかって行った。
「行っちゃった」
「……」
「何か、信じられない。あっという間に来て、 あっという間に行っちゃった。夢みたい。 夢だったのかな」
「神社に2頭の馬か……飼っているのかな」
「放し飼い?」
「伊勢神宮には神馬がいたぞ。確か、鶏も」
「そうなんかな。まるで私達に会いに出て来てくれたみたいね。良い事有るかもね、おとうさん」
「良い事……ああ、そうだな」
洋一と瞳はその後、伊勢神宮の分祠である櫻井大神宮にお参りし、車に乗り込んだ。陽が西に傾きかけている。
「さあ、帰ろう」
「ああ」
「疲れたでしょ、おとうさん」
「いや、平気だ。瞳こそ」
「うん。家まで気を抜かないで運転する」
洋一は、いつの間にか睡魔に襲われ眠ってしまった。どれくらい寝ていたのだろう。
「ああ、すまん……起きていようと思ったのに」
「別に謝らなくていいよ」
「今、どこ?」
「もう、北九州市内よ」
「そうか……」
突然、軽快な着信メロディーが流れた。
「あ、ちょっとちょっと待って」
音が止んだ。瞳は車を停め、バッグを探っているようだ。
「おかあさんからだ」
と、呟く。
「何だろう?」
「何だろうね?今、掛け直す」
微かな呼び出し音が聞こえる。
「あ、おかあさん?……うん、大丈夫…………うん、うん、もう帰って来よう……え?……いいよ。じゃあ、そこで待ってて、直ぐ行くけん……うん、じゃあね」
「おかあさん、なんて?」
「今、仕事終わったんだって。もう市内まで帰って来てるって言ったら『拾って」って」
「そりゃ、ちょうど良かったな」
数分車を走らせただろうか。瞳が弾んだ声を出した。
「あっ、いたいた!おかあさん、手を振ってる!」(続く)
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著者/SWAN
(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する57歳。 第45回創作ラジオドラマ大賞コンクールでベスト8入り。
最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」
連載小説「今日。あの人に会いに」第6回
連載小説「今日。あの人に会いに」第5回
連載小説「今日。あの人に会いに」第4回
連載小説「今日。あの人に会いに」第3回
連載小説「今日。あの人に会いに」第2回
連載小説「今日。あの人に会いに」第1回
連載小説「カフェ・コトリ」最終回
連載小説「カフェ・コトリ」第4回
連載小説「カフェ・コトリ」第3回
連載小説「カフェ・コトリ」第2回
“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!