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最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」


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2016年10月から2カ月間、5回にわたって連載された「カフェ・コトリ」のスピンオフ小説。「カフェ・コトリ」「今日。あの人に会いに」どちらからでもお読みいただけます。

 

 (前回までのあらすじ)

盲目の波多江洋一は30年振りに娘の瞳と共に糸島を訪れた。『カフェ・コトリ』で元恋人のミキに会い帰途に就く途中、妻の悦子からの電話が鳴った。


今日。あの人に会いに  最終回

瞳が車を停めると、ドアが開きひんやりとした外気と共に、悦子が乗り込んで来た。

「おとうさんの隣に座っちゃろ!」
悦子はおどけた声を出す。シートが沈み揺れる。
「はいはい、どうぞ思う存分くっついてベタベタして下さい、遠慮無く」
半ば呆れた様に瞳も笑う。

「なんで……」
「なんでって?だっておとうさんと瞳は二人っきりで糸島デートして来たっちゃろ?羨ましか―。あたしは仕事やったっちゃけん」
「デート、結構楽しかったよ。おとうさんは、糸島に行ったら行きたい所が有ったんだって。海辺のカフェ。そこを探して珈琲飲んで来たのよ。えーと、何て名前だっけ」

少しドキドキしていた。

「カフェ・コトリ」
「そう、それ。可愛い店だった。そこにいたお店の人がとっても親身な感じでね。あたしが結婚する、なんて話したもんだから、帰り際にこれをくれたの」

ガサガサと紙袋の音がする。

「わあ~、いい匂いがすると思ったんだ。これ、スコーン?」
「そう、こんなに貰っちゃって、悪かったわ」
「お腹すいた!夕飯前だけど、食べちゃおう」

 スコーンは何種類も有るのだろう、悦子はどれを食べようか、迷っている様だ。

「腹が減ってるんだろう?3人で何処かで夕飯食べて行くか?」
「ううん、だって、じいちゃんばあちゃん、待っとんしゃあよ。帰ろう。昨日の煮物が有るし、後はお味噌汁作るだけやけん、すぐ出来る」

 

「ただいま」
 瞳がドアを開け、3人で家に入ると、奥から父母の声がする。
「おお、おかえり。悦子さんも一緒やったか」
「疲れたろ?瞳、迷わんやった?」
「おばあちゃん、今はナビってものが有るから大丈夫なんよ」
「はあ、ようわからんけど、とにかく帰って来てホッとした、ばあちゃんは」
「あたし、運転上手いとよ」
「瞳、テーブル片づけて食器出して」

父母と俺と悦子、瞳の5人で囲む温かい夕食。やはり、家族はいい。ホッとする。

「お墓は変わっとらんやったね?」
「俺はわからんよ」
「ああ、そうやね……あんたは見えんし、瞳は初めてやけんね」
「うん。周りに草が結構生えてたけど、草取りまでは仕切らんやったよ」
「そうやろうねぇ……まあ、よかたい。お参り出来たっちゃけんね。ご先祖様も喜びんしゃったろう」
「俺達の分までお参りして来てくれて、有難う」
「いや……良かった、本当に」

 子供の頃は厳しい父だったが、俺が失明すると知って、可哀想なくらいに痩せて白髪が増えた。両親には心配かけ通しだ。瞳が生まれた事は両親へも、大きな大きなプレゼントだったな……

「今度は、おじいちゃんとおばあちゃんも連れて行こう」
「そうやね……」

 風呂上り、のんびりしていると、悦子が声を掛ける。
「ビール飲む?」
「ああ。悦子も飲むか?」
「うん。グラス持って来るね」
 シュポッと栓を抜く音。グラスにビールが注がれる。
「いい音だなあ」
「いい音ねえ。ビールの美味しさは、この音込みかもね。はい。あなた」
 悦子はグラスを握らせてくれる。
「乾杯」
「乾杯!」
グラスを軽く重ね、そして一気に喉に流し込む。悦子もゴクゴク喉を鳴らしている。
「フウ―ッ、美味しいわ」
「美味いね」
 
少しの静寂の後、悦子が訊ねる。
「……で。会えたと?ミキさんに」
「ああ、会えた」
「声でわかった?」
「いや、店に入って、いらっしゃいませ、の声は確信が持てなかったけど、その後注文を取る声でそうだ、と思って……でも、何にも言えなくて。普通に珈琲を飲んでた。たぶん、俺だってわかったと思う」
「うん。それで?」
「でも、ミキ……さんも、何にも別に言わなくて。そのままで。それでもいいかと思った。会えたから……それで、例の手紙を」
「渡したと?」
「いや、渡せなかった。いざとなると…… でも、折角悦子が書いてくれた手紙だから。席に置いて来た」
「席に?そうなんや」
 ビールをぐっと飲む。
「読んでくれたやろか?」
「たぶんね」
 アカショウビンの声の事は言わなかった。
俺とミキとの秘密の暗号めいた心の交流は……

「スッキリした?」
「ああ」
「そうやろうね。あなたはよかね。自分一人でスッキリしてから」
 拗ねた声だ。思わずムッとしてしまった。
「刺が有る言い方だな」
「そりゃそうたい。これでもう、ミキさんの事は忘れてよ」
「え?」
「気が済んだやろ」
 悦子はちょっと涙ぐんでるみたいだ。
その事に動揺したが、ビールの酔いに任せてちょっとおどけて答える。
「悦子以外の女性の事なんか考えた事も無い」
「嘘!」
 その剣幕にビックリした。
「だって半年も前から『カフェ・コトリ』のミキさんの事ばっかり考えとったんやろ?頭から離れなかったんやろ?」
「いや、そんな」
「あんた、そう言ったやろ!?あたし、耳で聞いて手で書いたけん、よう覚えとう」
「すまん」
 悦子は立ち上がると、音を立てて部屋から出て行ってしまった。

 洋一は茫然として、暫く一人でビールを飲む。今日一日の疲れも有って、酔いが回り頭がぼおっとして来た。心の中で呟く。
「悦子、悦子、悦子……悪かった、悦子……」
 ビール瓶を探り、コップに注ごうとしたが、空だ。

 足音がする。

「アテにキュウリの浅漬け持って来た」
 コトンと器が置かれる。
「……すまん、悦子。いつも、感謝しとう。お前がいなきゃ俺は何にも出来ない……」
 ビールを2つのグラスに注ぎ分けている音がする。
「手紙を代筆なんかさせて、悪かった」
「……」
「悦子?」
「……いいと。それを言い出したのはあたしやけん」
「有難う、本当に」
「いいと」

「……瞳は?」
「もう休んだんじゃないか?今日は親父に気を遣いながら運転して疲れたろう」

「ね、聞いて!」
悦子は明るい声で、
「すごいニュース!これ病院で聞いて、あたし早くあなたに言いたくて……」
 悦子はゴソゴソと何かを探している。
「有った、これこれ……コピーして貰ったと。読むよ、聞いて……『理化学研究所は、『網膜色素変性症』のマウスに、IPS細胞から作った網膜組織の細胞を移植し、光の感知機能を回復させることに成功した、と発表した、だって!これはまだマウスでの実験だから、2年以内の人間での応用を目指す、と書いてあるわ……ね、聞こえとう?」
「ああ」
「すごい!ね?希望は有るわ」
「そうだな」
「孫の顔も見れるかもしれない」
「ああ」
「もっと興奮してよ」
「だって……間に合うかな、俺が生きてるうちに」
「だから、元気でいないと駄目よ」
「そうだな、あきらめちゃ……いけないな」
「あたしの顔も、もう一度見なきゃいけなくなるかも。その頃は皺くちゃやろうけど」
 洋一は、微笑んで悦子に向かって手を広げた。悦子がその腕の間に身を委ねると、洋一はきつく抱きしめる。

「痛い」
「ごめん」

洋一は、今日の長い一日を思い出していた。
糸島で生まれ育ち、ミキと出会い別れた。失明したが悦子と結ばれ、瞳を授かった。そうだ、こんな俺でも希望に満ちた未来が有る。それに続く今の幸せを大事にしよう。悦子の温もりを感じながら、洋一の心も温かく満たされていた。
《完》

カフェ・コトリへ

 

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著者/SWAN

14516367_1081643321932051_8572239103342503126_n(日高 真理子)
人生の後半戦を『書く事で勝負する!』と目覚め、福岡の『花野塾』にて作家活動中。入塾していきなり、MPA/DHU第2回シノプシスコンテストでベスト8に入り、ハリウッドプロデューサーの前でプレゼンする。第9回南のシナリオコンテスト佳作受賞。バレエとフィギュアスケートと着物を愛する57歳。 45回創作ラジオドラマ大賞コンクールでベスト8入り。

 

 

 

 

最終回 連載小説「今日。あの人に会いに」

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第6回

櫻井神社には、子供の頃から毎年初詣に来ていた。そうだ、ミキとも初詣に来た。あの時おみくじを引いて、小吉と末吉とどっちが上か、と二人で論争になったんだった。車から降りると直ぐに洋一は、スッと背筋が伸び、身が引き締まるのを感じた。自分は目が見えないから、きっと殊更に感じるのかもしれない。厳粛な気が満ちている。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第5回

車は再び海岸線を走っていた。「おとうさん、櫻井神社に行ってみる?」「ああ、そうしよう」「珈琲美味しかったわね」「ああ」車内には、スコーンの香りが溢れている。洋一は心を静める様に深呼吸した。目的は果たした。半年前から、心に秘めていた事を実現させることが出来た。    良かったのか?これで。自分は気が済んだけれど、ミキの心に余計な波風を立たせたんじゃないだろうか?
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連載小説「今日。あの人に会いに」第4回

突然、洋一は思い出した。そうだ、れちゃいけない。瞳が席を外している内に。洋一は素早く上着の内ポケットから封筒を取り出した。ミキへの手紙を持って来ていた。悦子に代筆してもらったものだ。どうする?ミキに手渡すか?「後で読んでください」と頼むか?いや、変だ。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第3回

瞳はミキに話し掛け、糸島のパワースポットの事などを訪ねている。ミキは嬉しそうに答えている。ミキはどんな男性と結婚したのだろう?何人子どもがいるのかな。瞳と同じ位の年か。男か、女か……「今日はお父様とパワースポット巡りですか?」「……そういう訳じゃ無いんですけど…… 実は、私……結婚が決まって」「あら!おめでとうございます」
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連載小説「今日。あの人に会いに」第2回

その声に洋一は、体が一瞬痺れた。「ミキだ!」心の中で叫んだ。ミキは今、自分を見ているのだろうか?洋一は白杖をつき、瞳と一緒に店の奥へと歩みを進める。足の裏から感じるのは、弾力と暖か味の有る木の床だ。珈琲と焼けた香ばしい小麦粉の香り。胸の鼓動を抑えきれない。
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連載小説「今日。あの人に会いに」第1回

ほのかに流れて来る髪の香りを感じながら、波多江洋一は後部座席に座っていた。運転しているのは娘の瞳だ。洋一は、目が見えない。網膜色素変性症と言う目の病気で30年前に失明した。カーナビが、無機質な女性の声で「この先1キロメートル目的地です」と教えてくれる。
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連載小説「カフェ・コトリ」最終回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第4回

 洋一と店で二人きりになったミキは、急に気持ちが焦り出した。洋一と、もう二度と会う事は無いかもしれない。胸が締め付けられる。ミキは心の中で叫んだ。「洋一、私は此処にいるのよ! ごめんなさい。あの時、あなたを見捨てた事を謝りたい。私に気付いて!」
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連載小説「カフェ・コトリ」第3回

「あの……」カウンターに戻りかけたミキの背中に瞳が声を掛けた。「はい?」「ちょっと聞いてもいいですか?」「はい、どうぞ」「糸島は沢山パワースポットが有るんですよね?」「パワースポット。そうですね……二見ヶ浦が有名ですね。
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連載小説「カフェ・コトリ」第2回

 年はおそらく20代前半。小柄な体にショートカットが良く似合っている。「可愛らしい娘さん」ミキは心の中で呟く。クルクルと良く動く瞳が愛らしい。きっと洋一は、自分が失ってしまった『瞳』を娘の名前に託したのだろう。ミキは胸がつぶれる思いがした
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“女の分かれ道”をテーマにした連載小説「カフェ・コトリ」スタート!

そのカフェは、福岡県糸島半島の海辺にあった。 「カフェ・コトリ」。 珈琲と手作りスコーンを出す店だ。この頃はテレビや雑誌でも「糸島特集」が組まれ洒落た店が増えつつあるが、ミキが始めた頃は未だカフェは珍しかった。
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