interview

「自信をもって理想の自分を笑って生きる」photostyling75c 代表 渕本奈美さん 前編


今から15年ほど前のこと。お嬢さんの生後100日の記念に撮影した韓国のハウススタジオの素晴らしさに感動し、「是非、日本にこのスタジオを!」と社長に直訴。その後、日本において今や大人気のフォトスタジオ「ライフスタジオ」の立ち上げに関わり、現在、東京・恵比寿で自身の撮影スタジオ「photostyling75c」を経営する渕本奈美さん。正社員で働いた経験はなく、写真業界の経験もゼロ。さらに当時、生後100日のお嬢さんの子育て中だったという奈美さんが、どのようにして韓国の人気スタジオの日本での展開に関わるようになったのか。その経緯、そして現在のお仕事についてもうかがいました。

■楽しい大家族の中で育まれた「面倒見のいいお姉ちゃん気質」

―奈美さんは6人兄弟の2番目。そして長女だそうですね。その愛情深くて、面倒見のいい姉御肌のご性格は、賑やかそうな家庭環境で育まれたものでしょうか。

奈美さん:6人いれば、みんな性格も考え方もバラバラで、いわば「小さな社会」。その中で揉まれて育ちました。私は小さな頃から寝る前に妹たちの洋服を選んで枕元に置いたり、きょうだいで学校ごっこをするときは、もちろん先生役っていう、そんな“お姉さん”でした。

両親は仕事がずっと忙しくて、6人も子どもがいるのに世界中を飛び回っていました。私は、3歳から5歳まではロスで暮らしましたが、それも私と4番目の妹だけ。兄弟もバラバラに過ごしていて、誰がいつどこにいたのか、詳細は大人になった今でも知らないんです。それでも寂しいとか全く思ったことはなくて、むしろこんなに小さいのに両親と離れて暮らす「私ってカッコイイ」と幼心に思っていました。

―やっぱり奈美さんの「面倒見の良さ」は、家庭環境に理由があったんですね。ところで子どもの頃はご両親のお仕事での転勤で日本各地を転々とされましたが、高校卒業後は、自らの意志で韓国に留学されましたね。異文化の中での生活はいかがでしたか?

奈美さん:外国でも感性や考え方、価値観が合えば、言葉は関係ないということを感じました。韓国の人たちって人との距離の取り方が独特で、「自分の仲間」だと感じた瞬間、“家族”になるんですよ。私は韓国語を一生懸命勉強していたので、同級生の韓国人たちは「奈美は、韓国語を本当に勉強したいんだな」「韓国に馴染みたいんだな」っていうのを感じたのか、家族みたいに受け入れてくれました。だからとても楽しい留学生活でしたよ。

■常に「流行の最先端をいってる自分」をプロデュース

―奈美さんの第一印象ってキレキレのキャリアウーマンっていう感じで、ちょっと話しかけにくいオーラがあるかも(笑)。でも一度知るとすごくフレンドリーで、そのギャップがまた魅力ですよね。

奈美さん:知り合ってしばらくしてから「初対面のとき、絶対仲良くなれないタイプ」だと思ってたってよく言われます(笑)。でもこう見えて私、人見知りなんですよ。初めて入るグループやコミュニティでは、適応していけるか実は結構ドキドキしているんですよ。でも気が付くといつもクラスのリーダー的な存在になっているんです。なぜだろう(笑)。

―奈美さんといえば、ファッショナブルなイメージ。そのセンスは、どうやって磨かれたのですか?

奈美さん:中高のときから、「人からどう見られるか」ということをすごく意識していました。高校1、2年生の間、奄美大島に住んでいたんですが、東京の友だちに「ダサい」って思われないように、久しぶりに東京に帰ったときは雑誌を見て、最新のファッション情報を仕入れ、みんなに会う前に池袋の安い洋服屋さんで洋服を買ってイケてる自分に仕上げるんです。大自然の中で暮らしているなんて雰囲気は全く見せないようして「流行の最先端をいっている自分」を演出していました。

高校生だったので、おしゃれにかけられるお金は十分ではなかったのですが、この頃から限られたアイテムでいかにセンス良く見えるかということを徹底的に研究するクセがつきました。今思うとそれってセルフプロデュースですね。

―「人見知りだけど、人にはよく見られたい」っていう気持ち、なんとなくわかる気がします。

奈美さん:そうそう、話は少し戻りますが、韓国留学中にちょっとしたことがきっかけで、仲間はずれにあったことがあったんです。そのときもそのことで傷ついているなんて周囲に思われたくないから、「私は平気」みたいに装っていました。友だちがいないならそれでいいやって図書館に通って勉強していたら、周囲の韓国人から、ずいぶん勉強熱心だと思われていたみたい(笑)。韓国人グループと仲良くなって、結果的に韓国語がめきめき上達しました。

6年間の留学の後、2000年に24歳で結婚。結婚後は、NGO職員の夫とともに、アフリカ・ケニアに赴任。ナイロビでの生活をスタートさせるも、28歳の時に出産のために日本に帰国。生後100日を盛大に祝う韓国の風習にのっとり、長女の記念写真を撮影するために訪れた韓国で目にしたものは…。

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