シェアコスメ®を広めたい! 株式会社ability 代表小出美知代さん


ツアーコンダクターになる夢を胸に、福岡から銀行から借りた50万円を手に上京したのが23歳。夢を叶えながらも、結婚・出産・離婚。シングルマザーとして子育てしながら働き、コスメのOEM工場と運命的な出会いをきっかけに現在の天職への扉が開いていきます。

誰でもオリジナルのコスメブランドを持てるシェアコスメ®の発案者であり、化粧品開発会社のコンサルティングも行っている株式会社ability代表取締役 小出美知代さんにお話をうかがいました。

 

 

IMG_0046◆銀行で借りた50万円を手に、夢を追い求めて上京

―福岡のご出身ですが、東京に出ていらしたきっかけを教えてください。

高校卒業後、福岡の天神で洋服の販売員をしていたのですが、当時の人気テレビドラマを見て、旅行添乗員に憧れました。でも、その頃の福岡ではなかなか添乗員の仕事はなくて、東京ならスキー添乗員などの仕事がたくさんあることが分かったので、銀行から50万円を借りて上京しました。

―借金してまでなんて、よほど強い決心だったのですね。東京で仕事のアテはあったのですか?

いえ(笑)。仕事はおろか、住むところもなく知人も一人もいない、「熱い思い」だけで東京にきました。最初の3カ月は五反田のウィクリーマンションに住み、その間にスキー添乗員として採用が決定。親には「仕事の研修で3か月したら戻る」と言って出てきたのですが、結果的にはそのまま東京にいるので、ウソをついたことになってしまいました。若気の至りというか。怖いもの知らずでしたね。今は、もうこんな冒険はできません(笑)。

―憧れの職業・添乗員。夢がかなったわけですが、いかがでしたか?

トリミングやり甲斐も感じられて楽しかったし、そのうちに海外への添乗も任されるようになりました。でもすごくハードな仕事で、化粧をする時間もなければ、着る服も動きやすいパンツばかり。元々おしゃれで着飾ることが好きな私には合わないと思うようになりました。念願叶っての添乗員でしたが退職を決意し、海外の下着メーカー会社に転職。その後、創刊するファッション通販誌で「下着のバイヤーを探している」とお声をかけてもらい、創刊立ち上げから入社しました。下着の買い付けで毎年、年2回のフランス出張もありとても華やかな時代でした。

その後、結婚した小出さんでしたが、はじめてのイタリア出張を目の前に妊娠が分かり、出張をキャンセル。それまで正社員で続けてきた仕事も契約社員に切り替えた上に、社内の人出不足により出産後3カ月で職場復帰をせざるをえない状況に。さらに結婚したパートナーと相性が悪く、長男がまだ1歳半の頃、離婚。それまで仕事のときはいつも元・夫の実家に長男を預けていましたが、離婚後は実家のある福岡に預け、週に何度か東京に出てきて仕事をするという生活が始まります。

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