大野幸子さんは、“理念づくり”の専門家。
「軸が定まり人が集まる経営理念のつくり方」セミナーを開催したり、経営者と1対1で理念をつくるのが主な仕事です。学生時代の成績はオール5、運動も音楽も得意。リーダーシップを取れる、アイデアマン…。国内トップの私立大学を卒業した幸子さんに、誰もがマルチな活躍を期待する中、大学卒業後5年の間に「自分のやりたいこと、できることが見つからず」に転職を重ねること3回。
ご本人いわく長い“ナメクジ”時代を過ごしますが、運命の出会いが幸子さんの人生を大きく変えることに。理念づくりを中心とした「言葉コンサル」の事業をスタートさせて4か月で、提案した社名での登記をしたお客様が2件、商品名、サービス名を商標登録申請をしたお客様が5件とそれまでの不遇な時期から人生が大きく動き出します。遠まわりしたけどやっと「最高の仕事に出会えた」という幸子さんの仕事が、なぜ「経営理念づくり」なのか。お話をうかがいました。
◆最大の武器は「感性」
―「経営理念づくり」と聞くと、何だか難しそうに感じますが、どのようなお仕事なのですか?
ご自身の事業をなさっている方の、事業にかける想いや将来的に実現したいビジョンなどをお聞きし、端的に伝わる言葉(10~70文字程度)で表現するお仕事です。 主たるアウトプットは「言葉」ですが、その過程の中で、クライアントさんと一緒に「事業の軸」を定めていくことも大きな役割だと思っています。
―これは私の勝手な印象ですが、「経営理念づくり」というと、「経験豊富なコンサルタントが指南します」というイメージがあります。幸子さんは、現在30歳という若さで、40代、50代の経営者の方々からもご依頼があるとか。こういった分野のコンサルティングではかなりお若い方だと思うのですが、どうしてそんなお仕事が可能なのですか?
確かに「30歳」は、まだまだ経験が浅いと感じる方もいらっしゃると思いますが、理念づくりに必要なのは、「感性」だと思っているんです。私は人一倍思考が多いようで、その特性が感性に繋がっていることを最近感じています。
―「思考が多い」とはどういうことですか?
いつも頭がフル回転していて、人と同じ経験をしても、「これがもし他の人だったらどう感じるんだろう」と想像してみたり、目の前で起きていることは、「社会の何が影響しているのだろう」、「どんな心理が影響しているんだろう」など、ありとあらゆる方向から、いろんな可能性を常に考え続けています。そういうことをずっと繰り返してきているので、1つ1つの経験がまさに「みっちり」と自分の中に貯蔵されている感じでしょうか。この思考の特性が今の感性に生きていて、お客様が何歳の方であっても、「理念づくり」において、私の年齢は関係ないと思っているんです。
―なるほど。年齢だけを考えるとお若いけれど、30年間の間に、人の何倍も考えて、ご自分の中に蓄積されてきたのですね。
最近、50〜60代向けのオーダースーツブランドの理念をつくったのですが、クリエイティブ業界30年の方から「どっからどう見ても若い女の子が創ったとは思えない、オジさんの感性にドストライクなストーリー!」とお褒めの言葉をいただきました(笑)。多分そうして貯めてきた私なりの知見が生きているのだと思います。
◆小学生の頃から「最上志向」&「現実主義」
―言葉に対する「感性」が優れているとおっしゃる幸子さん。小さい頃は、どんなお子さんだったのですか?
小さい時から、「なんで?」が多くて悩む子でした。例えば、小学2年生の頃には、「なんで分数の割り算は、逆数をかけるんだろう?」と。みんなは、公式みたいに覚えているけど。「なんでそうなるの?」と考えてしまう。
また、小学生も高学年になると女の子って一緒にトイレに行ったり群れだしますよね。私は「常に今が、一番よくありたい」という最上志向があったので、「同じ人たちと毎日一緒にいて世界が広がるのかな」と思い始めたら、いつも同じ友だちと「つるむ」ことができなくなってしまったんです。教室を移動するときも1人。でも1人でいて平気な子だったわけではないので、今度は「私1人になっちゃった。寂しい子じゃん。みんなにどう思われるだろう」って悩んでいました。
そんな風にみんなにとっては何でもない普通のことが、私にとっては「悩み」になってしまう。色んなことを人より多く思考していたと思います。
あと「感性」に近いところでいうと、私は「作文」が非常に得意な子でした。小学校からバスケット部に入るなど活発な一方で、家では勝手に詩を書いてみたり(笑)。 特に評価が高かったのは、読書感想文で高校生のときに応募した全国規模のコンクールで入賞して、新聞に掲載されたこともあります。 また、小学校6年生から社会人2年目までの12年間、毎日欠かさず日記を書き続けていたのですが、 今思えば、「想いを言葉にする」ということを、小さい頃からやってきていたんだなぁと思います。 この仕事を始めてから、それを思い出したときに非常に感慨深く感じました。
―そんな大人びたお子さんだった幸子さんが、憧れていた職業はありましたか?
3歳の頃は、おしゃべりが好きだったから「バスガイド」でした。6歳くらいになると周りの子は、みんなは大きくなったら「ケーキ屋さん」とか「花屋さん」でしたが、私は「それで食べていけるの?」と斜に構える子で(笑)。小学1年生では、両親が会社員だったから「会社員」、2年生になると「生徒に愛される学校の先生」でした。「生徒に愛される」とか枕詞がつくあたり、現実主義でしょう?(笑)。それ以降は、なりたい職業は特になかったです。
好奇心が旺盛で頭の回転も速く、記憶力も抜群。周りの大人とも対等に会話ができる子だった幸子さん。大学卒業までトントンと”優等生”としての人生を歩みますが…
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